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吉野家の牛丼って昔はいくらだったん?





こんにちは。




筆者のたくおです。










みなさんは学業に、仕事に、育児にお疲れのことと思いますが、どれだけ忙しくても幸せなひと時というのはあるものですよね。









その一つが昼食です。







休憩を兼ねての昼食は、空腹という概念を満腹へと塗り替えてくれると同時に、しばしの休み時間というものを与えてくれます。






サラリーマンの方だと、特にだと思うのですが、昼食を食べるにしてもあまりお金をかけすぎるのはなかなかの抵抗感というものがありますよね。









そこでここに行く人が多いのではないでしょうか。







そう。








吉野家






あの牛丼をワンコインで食べられてしまう夢のようなお店。










しかし、吉野家も年月の経過と共に、値段が変動してるってご存知でした?









今回はそんな吉野家の歴史についてお話しします。






まずこの吉野家、初めての店舗出したのいつだと思います?





なんと






1899年









昔すぎやないかーい!








東京日本橋の魚市場で働く職人さんのために松田栄吉さんという方が出店したらしい。












松田栄作じゃないからね。








1926年には、関東大震災による影響で、築地に市場を移したことに伴い、吉野家も移転。






しかし、その後の東京大空爆によって、吉野家は木っ端微塵に…。





栄吉の想いは息子である長男、明男に引き継がれるかと思われたが、戦死したことにより、弟の瑞穂が店を継ぐこととなる。








めっちゃくちゃ波乱万丈ですね。




吉野家を擬人化させたら昼ドラにしてもおかしくないです。



消えたり新しくできたりを繰り返しているんですね。





この瑞穂が人望もあり、知識もとても豊富だったようで、築地で商売をしていた人と結託し、築地市場の中でも条件の良い角地を獲得することで、吉野家を再び営業するところまで持っていきました。










1950年ごろ、吉野家の牛丼の価格はうな重と同じくらいの価格設定で、やや高級な食べ物と位置付けられていたらしいのだが、接客や調理にあらゆる面の工夫を施し、瑞穂の「あったほうが良い程度のものは、ないほうが良い」という考えから、焼豆腐、筍(たけのこ)を牛丼から取り除いた。










瑞穂、凄まじい商才である。







もともとの吉野家の牛丼は牛肉と玉ねぎだけのシンプルなものではなかったんですね。





1966年200円→1975年300円→1979年350円→1985年370円→1990年400円→2001年280円→2006年380円→2013年280円→2014年300円→2014年380円→2015年300円→2015年380円

価格変動はこのような感じ。







日本の経済変動や、松屋すき家による価格競争、牛肉の価格変動などでこのように変化しているようですね。




ぶっちゃけ380円でも全然安いと思うのは僕だけ?






松屋すき家に浮気せずに吉野家で牛丼を食べましょう!!